昔の話1

私の家は母子家庭です。

物心ついた時からお母さんとお姉ちゃんと私の三人で暮らしていました。近くにはおばあちゃんとお兄ちゃん(叔父さん)が暮らす家もあって、幼い頃は仕事で家を空けるお母さんの代わりに夜はおばあちゃんが家に来てくれました。お母さんは仕事の影響で昼夜逆転生活なので、学校の行事とか授業参観は滅多に来れず、私は学童保育に通っていました。

家に帰ると寝てるお母さんが起きるのを待って、ご飯を食べて、おばあちゃんが来て、お仕事に行くのを見送って…家族で集まるのもご飯を食べるのも夕飯の時だけでした。甘えたいさかりにも満足に甘えた事がなくて、人への甘え方が未だに分かりません。

お父さんが居なくて寂しいと感じた事もあったけど、私にはお母さんもお姉ちゃんもおばあちゃんもお兄ちゃんも居て、消えるまではいかなかったけど段々とその気持ちは薄れていきました。

一度だけ、お母さんに「何で離婚したの?」と聞いてみた事がありました。答えは「我慢出来なかったから」というシンプルなもので、それが何なのか、幼心にもその先は聞いてはいけないような気がして聞けませんでした。

 

大人になって働き始めて、親切な男の先輩、頼りになる同期に恵まれ、よくその三人でご飯に行く事もありました。男の先輩はよく冗談で「俺も〇〇ちゃんも三年後恋人が居なかったら付き合おうか」等色々と言ってくる人で、(あぁ引っかかっちゃいけないタイプの人だな)と思っていたのに親身になって私達を守ってくれる姿に、いつの間にか好きになってしまっていました。誰にも打ち明けることはできず、本人からも避けるようになり、一年経って、女の子の後輩が出来ました。後輩の子はとても素直で明るくて人懐こくて、誰からも好かれるような可愛い子でした。勿論私もその子が好きで、先輩がしてくれたように親身に接しました。そして、しばらく経ってからその子に打ち明けられました。

「(男の先輩)さんが好きになってしまいました」

相談され、同期の子と一緒に三人でご飯に行き詳しく話を聞いてみると、彼女はよく先輩と二人でご飯に行っていること、どうやら私と同じ事を言われていること、私にも言っていたことは彼女は知らなかったこと、が話題になりました。その時点では私は後輩の子へ好意的だったので、応援する事にしました。

先輩は彼女に本気で言っているのか分からないけど、それでも彼女が先輩を好きなら応援するし、話も聞くし、相談にも乗る。

恋愛に臆病な私の出した答えでした。

私も先輩のことが好きだというのは誰も知らないから好都合だし、知られてしまったら気を遣わせてしまうから、と言い訳をして逃げました。

内心はとてもつらくて、幸せそうな彼女の話を聞く度に胸が痛かったです。

その内、二人は付き合い始めました。

 

同じ頃、工場のグループが変わり、グループのリーダーも違う人になりました。少し厳しいけど明るくて、ハッキリと指示出しをしてまとめてくれる、頑張ったら頭を撫でて褒めてくれる、そんなような人でした。ただ、トラブルで遅延したりすると目に見えてイライラし始めるような、自分の思い通りにならないと気が済まないような、そんな人でした。

グループが変わる前と同じように仕事をしていたのですが、何故か突然、私はその人から嫌われました。理由は未だに分かりません。他の人と笑顔で会話していた直後に私を睨みつけ、自分はお喋りをしていたのに見つけたミスの報告の順番で怒り、用事で話しかけても素っ気ない態度を取られるようになりました。心がどんどん沈んでいきました。理由も分からないから何をどう直せばいいのかも分からないまま毎日を過ごしました。

どうしたら怒られないんだろう。

どうしたら、何をしたら、どう動いたら。

前みたいに私にも笑ってくれるんだろう。

誰かに相談しても、きっとリーダーが正しいだろうからと思ってしまって、私は自分がますます浮いてしまうような気がして何も言えませんでした。

毎日怒られないように、気を逆撫でしないように、なるべくイライラさせないように、必死に考えて動いて、朝は誰より早く来て清掃、お昼休みも返上でオペレーターの仕事、トラブルが起きてもなるべく残業が無くなるようにフォローしてサポート。

頭の中は毎日パニックでした。始業から終業まで、リーダーに怯えながら過ごしました。

そんなことが続いたとある日に、また別の先輩にポロッと「最近ちょっと、精神的につらいです」と零したら、「自分でそう言えるうちは大丈夫」と笑われました。

また別の先輩には、「〇〇ちゃんは甘えてる」と影で言われてるのを知りました。

家族以外の人間が、信じられなくなりました。

段々と一人になる時間が増えて、社食へも行かずに自分のロッカーの前でお昼休みを過ごすようになり、遂には孤立して誰かと話す事も殆どなくなりました。

そんな私の異変に同期の子と男の先輩は気付いてくれて声をかけてくれたけど、私より大変な同期の子にこんな事を抱えさせたくなくて、「大丈夫」と言いました。

男の先輩へは信頼が薄れてしまった事もあり、また、「甘えてる」「自分でそう言えるうちは大丈夫」その言葉が頭をよぎって、「大丈夫です」と言いました。

 

いつの日だったか、会社に行けなくなりました。

朝起きても布団の上から動けず、身支度が出来た日があっても、外に出ていつもの通勤のルートを進むうちに足が止まり、欠勤の電話をしてしまうようになりました。

きっとこんな事をしていても何も解決はしないし、余計に嫌われるんだろうなぁなんてぼんやり思いながら、好きだったものへの執着もさっぱりと無くなり、この世に対して何も未練のない無気力な日々を過ごすようになりました。