昔の話5

その日から色んな事が変わりました。

朝起きてから一日中怯え、家に居ても、会社に向かうまでの間も、帰る途中の道も、いつ何時も考えている事は希死念慮。ただただ、死に方だけを探していました。辛くて苦しくて、楽になりたくて。自分の存在自体を無かったことにしたくて、消えてしまいたくて。電車にはねられたら。車にはねられたら。ホームで誰かが背中を押してくれたなら。足を一歩前に進めてしまえたら。このベランダから飛び降りてしまえたら。寝てる間に誰かが包丁で殺してくれたら。薬の多量服用で死ねたら。頭の中では自分を何度も殺しました。

 

仕事中は気を抜くと勝手に涙が出てくるので職場の人にバレないように堪えながら働き、休憩中にトイレやロッカールームなど人目につかない場所で毎日のように泣きました。

涙腺が壊れた、と思いました。

これまでは怒鳴られても「こなくそ!こんな奴の前で泣いてたまるか!」という負けず嫌いな面が出て絶対に弱みを見せないように気丈にふるまえました。

けれど、一度完全に心がポッキリと折れてしまってから、こんなに涙脆い人間じゃなかったはずなのに毎日毎日、時も場所も考えずに涙が溢れ出てきて、それを誰かに見られないように家族にも職場の人にもバレないように、隠れて泣き続けました。

そんな毎日を送るうちに、ご飯が喉を通らなくなりました。なにか食べようとすると気持ち悪くなり、口も動かせないし手も動かない。食べよう、という気力がわかない、寧ろ食べたくない。拒食症なのかな、と思いながらも母に怒られながら時間をかけて冷たくなったご飯を無理やり咀嚼する日々でした。吐いて戻すこともままありました。

拒食症と並行して、不眠症になりました。夜布団に入っても眠れない。どころか色んな事が頭の中を巡り続けてまた吐き気に襲われ、頭痛、耳鳴り、ついぞ横になっている事すらしんどい状態になりました。今まで使っていたベッドが使えなくなり、床に座って柵にもたれたり、ベランダに出てみたり、ずっと考え事をしていたら外が白んでいる事も沢山ありました。寝なきゃ、と思えば思うほど眠れなくて、これまでどうやって眠っていたのかとか、目を瞑り続けることがこれ程までに辛かったっけとか、本当に苦痛でたまりませんでした。

 

祖母いわく、その頃の私は痩せ過ぎていて頬もこけていて心配だったそうです。

 

けれど、そんな状態でも私は家族に何も言えませんでした。死にたい。けれど働かなければいけない。甘えてる自分が悪い。私より辛い人なんてもっといっぱい居るんだからもっと頑張らないといけない。でも、頑張れない。怒られる。困らせる。見放される。ただでさえ要らない子なのに、これ以上役に立たなければ…。

 

いっぱいいっぱい抱え込んでいたら、笑う事が出来なくなりました。何を見ても何を聞いても楽しくない。TVを見ていてもちっとも面白くない。誰かと話すことも出来なくなりました。人の顔が見られなくなりました。人の声を聞くことがとても恐怖になりました。人の笑い声が全部自分をさしてるような錯覚に陥りました。一緒に暮らしている姉や母にさえ怯えるようになりました。

電車などの公共の場で沢山の人に囲まれると体が震えだしてしゃがみこんでしまう程、対人に対しての免疫力が低下しました。

その結果、ちまちまと行っていた会社にも完全に行けなくなり、引きこもるようになりました。最初こそは怒っていた母も段々と何も言わなくなり、ある日「遅刻してもいいから、行きな?」と優しく言われた瞬間に堪えていたものが一気に溢れ出して、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続けながら初めて母の前で泣きました。母は仕事に行く直前だったので、そのまま出て行きました。私は母に背中を向けていたので、その時の母の顔を見ていません。せめてその言葉だけは守ろうと思い、泣き止んで落ち着いてから会社に連絡をすると、「声が辛そう、そんなに無理して来なくても大丈夫だよ?」と困った声。泣きたくないのにまた涙が止まらなくなりました。それでこちら側が泣くのはお門違いだと分かっているのに、一度壊れた涙腺は勝手に決壊するようになって、馬鹿みたいに涙が出ました。まるで私は自分が悲劇のヒロインぶっているような思いになり、自己嫌悪が止まりませんでした。

 

その頃の私は、一生分泣いたんじゃないかと思う程でした。